TIMMY PATTERSON SURFBOARDS

ティミーパターソン

サーフボードは情熱とインスピレーション、そして優れた技術に対する献身の全てが統合したものである。

ティミーの製作するボードは極めて実用的で快適、かつどれほど過酷な状況でも信頼に足りるパートナーであるが故、多くのエンスージアストやエピキュリアン(快楽主義者)達から圧倒的を支持を受け続けている。
ウィークエンドユーザー、プロフェッショナル、ソウルサーファー等、ティミーのユーザーは皆、サーフィンに対してハイポテンシャルな姿勢を持っているからこそ、その個々のユーザーの数だけ正しいボードデザインがある。
その1本1本に妥協なくMADE IN USAのクラフツマンシップ溢れる技術で仕上げ、応え続ける姿勢があるからこそ、ユーザーとティミーのサーフィンに対する快楽は共存しているのだ。

サーフィンは大自然と共存するスポーツだ。
水平線を遥か遠くに見渡せる広大な海。
海はその時々に異なる波や風景を作り出し、そんな波を意のままに踏破できるとしたら何と素晴らしい事だろう。 

<より長く、深く愛されるサーフボード・レーベル>に必要なのは、ユーザーはもちろん、移り変わる時代や環境とのより良い関係を築いていく事である。
伝統を踏襲しながら現代を生きる職人・ティミーの姿勢は清々しくしなやかだ。


<About Timmy Patterson>
TIMMY PATTERSON SURFBOARDSの歴史は1980年代から始まるが、パターソン・ファミリーはアメリカのサーフボード・ビルダーとして半世紀以上にも及ぶ長い歴史をもっている。

ハワイのオアフ島でサーフボードを製作していたティミーの父ロナルド・パターソン、そして叔父のロベルトとレイモンドは、1950年代前半にカルフォルニアに移り住み、始動を始めたダナ・ポイントにあるHOBIE SURFBOARDSで仕事を始めた為、子供のティミーのプレイグラウンドがファクトリーとなるのは自然の事だった。

父のロナルドがシェープをしてる間中ずっとティミーはファクトリーで遊んでいるので、当時のパターソン家のベッドは年中海の砂だけではなく、ファクトリーのフォームダストやサンディングの粉まみれだったとティミーは記憶している。
そこで彼はDale Velzy, Mickey Munoz や Terry Martinといったレジェンド達のシェープのみならず、ファクトリー内のラミネーション、コーティング、サンディング、グロッシング、フィン製作そしてエアーブラシやレジンワークまでに至る、全てのプロセスを子供にして彼の5感で学び取ってしまう程、サーフボード製作の仕事に魅了されていった。

18歳の時にHOBIE SURFBOARDSでシェーパーとしてロングボードを削っていると、顧客達からショートボードの製作依頼が多く持ち込まれ、これが1980年代になってから、彼自身のレーベルを立ち上げるきっかけとなる。

同じくHOBIEで仕事をしていたGRUBBY CLARK(CLARK FOAM創立者)とはファミリーの様な密接な関係であり、また新しい時代のポリウレタンフォームのデザインにおいてもティミーはその才能を発揮する。
独立当初はハイドログラスでシェープルームを借り、Chris McElroyと一緒に仕事を始めたが、ほどなくしてMatt Archbold、Christian Fletcherを始め多くの顧客からの信頼を得て、自らのファクトリーを設立する事となる。

そして現在に至るまでワールドクラスのトップ・シェーパーとして、ユーザー達の鼓動を高鳴らせ、感性を強烈にかき立てるボードを作り続けている。
シェープを始めてからというもの、彼のブレないボードデザインのフィロソフィーは徹底した実用性とパフォーマンス性能の重視だ。
その確固たる姿勢こそがティミーであり、ユーザーから愛され続ける理由なのだ。